2014年11月24日月曜日

意外と浅い「伝統」の歴史

論文によると古くから受け継がれてきた「伝統」という言葉は
ほぼ無批判に「古い過去から受け継がれてきた」と思わせる
今の意味になったのは明治からだそうです。

それまでは王族の血統をうけつぐという意味だったけど
政府が工芸品に「伝統」っていうレッテルを貼りつけて
表舞台にかつぎあげて国威発揚のために利用したっていう事みたい。
クールジャパンを合言葉に、リーマンショック以降に
国をあげてアニメを持ち上げたのと同じように。
日本人のアイデンティティが揺れ動く開国直後の明治期に
工芸が日本国民の誇りと期待を背負わされることになったみたいです。

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「メディア・コンテンツのナショナリティ」下方拓(げほうたく)(平成19年発行)
この論文に興味ある方は世界平和研究所サイトからダウンロードしてください。
宗教団体みたいなサイトの名前ですけど政府系シンクタンクのようです。
内容は国策でジャパニメーションを売り出すことについての考察といった感じ。
この論文は「伝統」について述べた岡本太郎の本(初版昭和29年)も引用しています。
岡本太郎は国家が変に伝統を利用したから、
工芸品が伝統にのっとっているだけで中身の無い物になっていると嘆き
伝統とは自己の表現力を創造的に高めるために利用すべきものだと熱く論じています。
読み物としてはこっちの方が面白いです。



一応断っておきますがこの下方氏は
「伝統」はまやかしだと言っているわけではありません。
「伝統」という言葉を時の権力者だけでなく様々な人たちが
色々な方法でその時々に応じて都合よく国策等に利用している
事を教えてくれます。

「伝統」と銘打って、明治政府が残そうとしたものは
江戸期の職人が残そうと思ったものと同じだったんでしょうか。
もしかするとあの凄い物をつくっていた江戸期の職人は
「伝統」を守るって意識は無かったのかもしれない
って思ってしまいました。

自分が思っていた伝統の何割かは、誰かのもくろみを含んでいたかもしれない。
誰かが利用した伝統っていう言葉にまどわされて、
ほんとうに必要なものを見失っているのかもしれない。 
そんな気になりました。

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